The other of Gryps war 1話『巨神の末裔』





 そこは一種独特の世界だった。

 薄暗い照明。煙草の焼け焦げが残るテーブル。

 店のマスターと思われる中年の男は、ただ無言でグラスを拭き続けている。

 内壁が煤けて寂れた店内には、古びたコンポが奏でるムーディーなブルースだけが、ささやかに響き渡っていた。

 最後までカウンターの隅で水割りを呷っていた男が、ようやく重い腰を上げズボンのポケットから無言でクシャクシャの紙幣を取り出す。空いたテーブルの片付けをしていた少女――実際には少女と言う年齢ではないのだが、彼女の持つ、この場にそぐわぬほどの明るく溌剌とした雰囲気には『少女』と言う形容がぴったりだった─―がそれを受け取った。

「ありがとうございました。――でも、あんまし飲みすぎない方がいいわよ、バーツさん。折角の元連邦軍エースパイロットの腕が鈍ってしまうじゃない。いざと言う時にスロットル管を握る手が震えてしまって、なんて死に方じゃ浮かばれないわよ?」

 釣り銭を手渡しながら、少女は眉根を僅かに寄せて窘めるように言う。小首を傾げるような動作をすると、柔らかそうなショートボブが微かに揺れる。饐えた臭いのするTシャツの上にくたびれた革ブルゾンを羽織ろうとしていたバーツ・ロバーツは、そんな彼女にぼさぼさに伸びた前髪の奥から皮肉っぽい一瞥をくれながら、無精ひげに埋もれた口をモゾモゾと動かして答えた。

「いざと言う時だと?そんなものが一体何時来るって言うんだ!?連邦軍は今やティターンズ共の天下だ。俺のようなコロニー育ちの兵士には、用なんざ無ぇってよ。おかげで俺はこの通り、下働き同然の閑職に追いやられて冷や飯ぐらいよ。チッ、何が『巨神の末裔(ティターンズ)』だッ。本当の神にでもなったつもりかよ」

 言っている内に自分で興奮してきたのか、バーツはくすんだ金髪を掻き毟りながらティターンズへの悪態を吐いていた。ティターンズとは、地球連邦軍高官のジャミトフ・ハイマンを筆頭に、UC.0083以降に台頭してきた連邦軍内の地球至上主義者達の一派である。連邦軍内でも選り抜きの腕利きパイロットを揃えた威容は、今や連邦軍を代表する1軍と言えるものであり、一般将校とは一線を画したエリート集団であった。しかし、地球至上主義を掲げる一方で、コロニーを居住区とする所謂『スペースノイド』達に対して激しい弾圧を加えており、特にジャミトフの腹心であるバスク・オム大佐が陣頭指揮を取って行なった非道とも言える作戦の数々は、連邦軍内部でも批判の声が少なくない。やがてそれらは、各地で反連邦政府運動を巻き起こすきっかけとなっていた。

 中でも、ジャミトフの政敵でもあったブレックス・フォーラ准将が中心となって結成された『エゥーゴ』は、その最たるものであった。そして、もう1つ─―

「連邦軍としては出番が無くても、バーツさんの腕なら何処へ行ったってやっていけるじゃない。例えばアナハイムみたいな民間の開発企業でテストパイロットになるとかぁ……」

「ハッ、この俺がテストパイロットだって?冗談はやめてくれ。俺は実戦が好きなんだ。安全な場所で試作機(おもちゃ)を使って遊ぶ気はねぇよ、クレア」

 肩を竦めてそう答えるバーツに、クレア・ヒースローは笑みを浮かべながら冗談交じりのような声でこう言った。

「じゃあ、反連邦運動に加わるって言うのはどう?」

「なんだぁ?ハッ、ハハハッ……おいおい、俺にエゥーゴになれとでも言うのか?」

 しかし、クレアは、今度は笑わずに答えた。

「いいえ、カラバよ」

「なんだと?って事は、とうとうカラバも連邦相手に本格的なドンパチを始めようって言うのか?」

 コロニー『グリーンノア』における、エゥーゴによるティターンズの試作型MS強奪をきっかけに、エゥーゴとティターンズの間では既に全面戦争に突入していたが、これまでカラバを始めとしたその他の抵抗組織は、裏でこそ物資の補給や情報提供などでエゥーゴの支援をしていたが、表向きは連邦政府に対する抗議デモやプロパガンダの流布に徹し、直接的な行動を取ってはいなかった。

 しかし、カラバがMSパイロットを集めているとなれば、それは本格的な実戦をも想定していることに他ならない。そして、各地に草の根的に潜んでいるカラバの構成員達が一斉に蜂起するとなれば、それはエゥーゴ・ティターンズ間の戦力バランスをも大きく動かす事を意味していた。

 それ故、ティターンズではしばしば治安維持の名のもとにレジスタンス狩りを行なっていた。つい数日前にもカラバの幹部と思われる人物1名を含む、構成員の疑いがある者十数名が逮捕・処刑されたばかりだった。

「これまでカラバは、連邦政府に対する直接的な敵対行動は取っていなかったわ。にもかかわらず、ティターンズはカラバの潜在的戦力を恐れ、メンバーの疑いのある人間を何人も殺してきた。中には全く関係の無い人達だっていたのに……。これ以上こんな暴虐を許しては置けないと言うのが、カラバ上層部の統一された意思よ。それに、このまま手をこまねいていては、いずれレジスタンス狩りで全ての構成員を失ってしまうしね。それならばと、宇宙に於けるエゥーゴの作戦に呼応して、カラバも地上での作戦展開を行なう事に決まったのよ」

「なるほど、な。で、お前さんは組織の連絡員ってところか、クレア?」

「これでも一応はパイロットよ」

「何?お前さん、MSなんか乗れたのか?」

「なんとかね。あーあ、ホントはもう、MSなんて乗りたくなかったんだけどなぁ」

 天を仰いでおどけたように言うクレア。しかし、その表情に微かに浮かんだ怯えの色を、バーツは目ざとく認めていた。

「死にかけたのか?」

「まあ、ね」

「そうか」

 バーツはそれ以上訊かなかった。

「それでさ。どうなの、バーツさん?アタシ達と一緒に戦ってくれるの?」

 フッと気持ちを切り替えたかのように明るい口調で訊くクレアに、バーツは皮肉を込めた眼差しを投げつけながら答えた。

「おいおい、物陰から銃で狙っておいて断れる情況かよ?嫌だ、なんて言おうものなら、俺の頭は腐ったトマトみたくなっちまうぜ」

「え!?」

 どういう事か─―と、クレアが正す間もなく、バーツが目を向けた方のドアが開いて、1人の男が姿を現した。

「マスター!?」

何時の間にか店から姿を消していたこの店のマスター、アンドリュー・レクスラーであった。

「アンタは必ず味方になってくれる、と息巻いていたクレアには悪いがね。まかり間違ってもティターンズなんぞにたれ込まれたりしては困るからな」

「なるほど。最初(ハナ)から信用されちゃあいねぇってワケか。だが知らなかったのか?俺は脅されて言う事を聞くってのが1番嫌いなんだぜ?」

「そうよ、マスター。大体、各自が自らの意志でティターンズの専横に対抗すると言うのがカラバの基本的な理念の筈よ。銃で脅して無理やり協力させるなんて、その事に反していると思うわ」

 アンドリューの行動に、むしろクレアの方が憤然としてみせた。その様子に、バーツは肩を竦めて苦笑した。

「やれやれ、お前さんみたく信用しすぎる甘ちゃんも問題だとは思うがな。こういう大事な話をする時は、もう少し警戒をするもんだ」

「で、どうなのだね?」

 アンドリューがやや苛付き気味にバーツの返答を促した。

「……いいだろう。このままティターンズどもに追いやられた閑職のままで老いさらばえるより、奴等に一泡吹かせてやる方が面白そうだ」

「よし、話は決まった。明朝6時に、またこの店へ来てくれ。その時に私達が君を、アジア東部を管轄するカラバの幹部の下へ連れて行こう」

「なんだよ、明日か?」

「多少準備が必要なのでな。それに君は散々アルコールを摂取した後ではないか。そんな状態でレディに会わせるわけにはいかないだろう」

「ヘッ、あれっぽっちの酒、今の話で全部冷めちまったぜ。――って、オイ!今レディとか言ったな?俺に会わせたいカラバの幹部とやらは、女なのか?どんな奴だ?」

「妙齢の美女である事は保証するよ。後は会ってから判断してくれ。それより明日の朝、遅れることの無いようにな」

 アンドリューは詳しい事情は口にせず、時間の確認だけを念入りに行なって話を打ち切った。

 バーツは何か言いたげにしていたが、やがてもう一度小さく肩を竦めると、店を後にした。クレアはその後姿を見送りながら、クスリと僅かに笑みを洩らすと、何事もなかったかのように店の片付けを始めた。

 

 翌日、定刻通りに店を訪れたバーツの出で立ちを見て、クレアは眼を丸くした。

「バーツ……さん?何……その、格好……?」

「ヘッ、どうだい。俺もまんざらじゃあねぇだろ?」

 言って胸を張るバーツの格好と言えば、髪を短く刈り揃え無精髭を綺麗に剃り落としていた。とここまでは良いが、その服装はコバルトブルーのタンクトップに洗いざらしのジーンズ、首には真っ赤なスカーフという代物だった。ご丁寧に葉巻まで口にしている。

「麗しいレディに会うってのにむさ苦しい格好をしているわけにはいかねぇからな。おっと、いくらこのバーツ様が魅力的だからって惚れるんじゃねぇぜ、クレア?」

「あ、あのねぇ……カラバは時代遅れのヨットサーファーの集まりじゃないのよ!?」

 こめかみを押さえながら、必死で何かに耐えるような表情でクレアが言葉を絞り出す。

「チッ、このセンスが分からないとはよ。これだからお子様は……」

「……分かりたくもないわ……。それにしてもバーツさんって意外と若かったのね」

「あたぼうよ。オレ様はまだ30前だぜ?」

「うそ!?」

「おいおい、一体幾つだと思っていたんだ?」

「……40ぐらい」

 などと言ったやり取りをしていると、店の奥の扉が開き、数人の男女を伴ってアンドリューが姿を現した。

「どうやら来ているようだ─―」

 そこでバーツの姿を目に留め、一瞬表情が凍り付く。しかし、すぐに見なかった事にした辺りは、流石に年の功である。ちなみにアンドリューの後ろに控えている男女もバーツの事は気にしないように決めたらしい。驚きの表情をまったく見せない彼等に対し、クレアは内心感心していた。

「さて、では早速出発しようか」

「もう行くのか?」

「ああ、最近はこの辺にもティターンズの治安維持部隊が幅を利かせ始めていてね。ここもそろそろ危ないのだよ」

「行き先くらい教えてくれも良いんじゃねぇのか?」

「詳しい話をしている時間はないのだが─―まあいい。君も知っていると思うが、カラバの拠点は北米・アフリカ・ユーラシアを中心に世界各地に存在するが、これから我々が向かうのはユーラシアでも第三の規模を誇るウランバートルの基地だ。

 ここは旧中華圏に属する大都市へ睨みを利かせられるだけでなく、連邦軍の重要拠点でもあるチベットのラサ地区にも近い、戦略的にも極めて重要な場所である。それだけに一癖も二癖もある連中が揃っているんだが……まあ、個性という点では君が引けを取るとも思えないので大丈夫だろう。

 さて、そろそろ本当に出発しなくてはな。急いで支度をしてくれ」

 アンドリューの言葉が終わるのと、轟音と激しい振動が辺りを襲ったのはほぼ同時だった。

 

 連邦軍の第3治安維持部隊に属する、特別強襲分隊のジム4機が高速移動をするベース・ジャバーの上で静かに佇んでいた。RGM−79Qジム・クゥエルの名を与えられた黒いジムは、搭乗者が連邦軍きってのエリート集団『ティターンズ』である事を示している。更にその先頭には、鋭角的なフォルムを持つ1機の奇妙な戦闘機がいた。ORX−005ギャプラン。北米に存在する連邦軍の内部組織『オーガスト研究所』で開発された、連邦軍の可変MSである。MA形態時の特異なフォルムを生かし、大気圏内外での驚異的な機動力を誇る機体ではあるが、それだけに操作が難しく、NTかそれに類する強化人間でなくては扱えないと言われるほどの代物である。

 しかし、隊長のジェシカ・ラング大尉はまったくのノーマルタイプでありながら、この癖の強い機体を難なく乗りこなしていた。彼女は1年戦争時より、ライラ・ミラ・ライラ大尉やヤザン・ゲーブル大尉等、最高レベルのパイロットとトップエースを争ってきたほどの超一流の戦士である。ただ、それだけに強い選民意識を持っており、また目的のためには手段を選ばずに行動することもしばしばあった。

「良いか、レジスタンスのアジトがあるとの報告があったのはこの辺だ。一気に殲滅する。全てを焼き払え!」

「ハッ!?し、しかし、それでは民間人も巻き込むことになりますが……」

 部下の1人が異議を唱えるが、ジェシカは気にした様子も無く答える。

「構わん。カラバの拠点が存在すると言う事は、付近の住人どもが奴等を匿っていたからに他ならん。カラバを庇う奴等はカラバも同然だ。不穏分子は一気に叩く」

「で、ですが……」

《ズヒュッ!!》

 尚も消極的に意見を募ろうとする部下に向かって、ギャプランから閃光が一筋迸る。一瞬遅れて光に貫かれたジムが爆発四散した。

「ティターンズに臆病者は要らん。――奴は敵前逃亡を犯そうとしたために、軍法によって処刑した!貴様等も命令に背けばこうなると思え!」

『サ、サー!』

「よし。貴様等は先に降下し、辺りを徹底的に破壊せよ。私は上空から相手の動きを観察し、動きがあればそのポイントに集中攻撃を与える」

 今度は誰も諌める者はいなかった。

「よし、作戦を開始しろ!」

 ジェシカの号令に従って、3機のジムは地面に降り立ち、辺り構わず弾薬を降り注がせた。たちまち辺りが炎に包まれる。外にいた人々は、降り掛かる瓦礫と迫り来る炎のためにパニックへと陥っていた。逃げ惑う人々を更に銃弾の雨が襲う。それは凄まじいまでの虐殺の光景だった。

 ジェシカは笑みを浮かべながら、その地獄絵図を上空より眺めていた。と、建物の1つがせり上がり、数機のMSが姿を現すのを目に留め、瞳に宿る歓喜の色が一層濃くなる。

「ようやく、お出ましか。――ようし、本命が現れたぞ!全機、攻撃を開始しろ!」

 

《ゴゴゴオオオォォォォォン!!》

「キャアーッ!!」

「な、なんだ!?」

「こ、これは、まさかッ!?」

 アンドリューの危惧を裏付けるかのように、1人の少年が店に飛び込んできた。

「た、大変です!MSの襲撃ですッ!黒いジムが付近を破壊しています!」

「黒いジムだと!?そいつぁティターンズの専用機じゃねぇか!」

 バーツの上げた声に頷きながらアンドリューが言った。

「やはりここを突き止められたか」

「どうするの、マスター!?」

 緊迫した口調のクレアに向かい、しばし逡巡していたアンドリューだったが、やがて言った。

「やむを得ん。クレア、君はバーツを案内してひとまず先にウランバートルへ向かってくれ。裏の倉庫に例の機体がある。我々は君達を援護しつつ、奴等を排除する」

 アンドリューはそこで言葉を切り、たった今駆け込んできた少年に言った。

「ミンミ。君も彼等と一緒に行け。アレの事は君が1番よく知っているからな。飛行中に何か起こっても、君ならきちんと対処できるだろう」

「は、ハイ!――バーツ・ロバーツさんですね。僕、ミンミ・スミスです。宜しくお願いします」

 アンドリューに一人前の仲間とみなされた事が嬉しいのか、ミンミと呼ばれた少年はやや興奮気味に挨拶をした。しかし、対照的にバーツは顔をしかめる。

「オイ、まだガキじゃねぇか。こんなのを一緒に連れて行っても足手まといじゃねぇのかい?」

「確かにまだ子供だが、彼の整備の腕は一級品だよ。問題ない。クレア、2人を頼むぞ。――よし、他の者は戦闘配置につけ!」

「あ、マスター、気をつけてください!ジムの他にも1機、見慣れない機体が空を飛んでいました。きっと新型だと思います!」

声を掛けたミンミに1つ頷くと、アンドリュー達は店の奥へと姿を消した。

「さ、私達も行きましょ」

 クレアに促され、反対側のドアをくぐる3人。しかし外へと出た途端、その足が止まった。そこは年齢性別を問わず、人間と人間だった物が無造作に

「ひ、酷い……」

「奴等、ここまでやりやがるのか……」

 ミンミは無言で顔を背けている。

「とにかく急ごうぜ」

 バーツに促され、3人が再び走る。目的の倉庫はすぐに見つかった。しかし、倉庫の扉を開いてバーツは再び絶句した。

「おい、マジかよ……」

 そこにあったのは1機の戦闘機。

 1年戦争序盤、MSを持たない地球連邦軍がジオン軍に対抗するために運用された汎用戦闘機トリアーエズFF−4であった。

「オイ、このガキ!おめぇ、本気でこんな骨董品で飛ぼうって言うのか!?」

「大丈夫ですよ!コイツはスクラップ同然だったのを、僕がじっくり手間と時間を掛けて完璧に修理したんです!一人乗りの機体を複座式に直しているし、燃費なんかは元の機体より性能が良いくらいですよ」

「信用できるかよ!ガキの玩具修理なんてよ!そうだろ、クレア!?」

「え?あ……そ、そりゃあ不安は残るけど……でも、他に方法がないんだから仕方ないじゃない。それともこのままここに残ってティターンズに殺される?」

「ぐっ……チッ、仕方ねぇのか……。そうと決まればとっとと行くぜ」

 言いながらずかずかと乗り込むバーツ。

「あ、ちょっと待ってよバーツさん!……勝手なんだから」

 続いてクレア、最後にミンミが操縦席に乗り込んだ。ミンミがエンジンを掛け、操縦桿を傾けると、トリアーエズは倉庫のシャッターを突き破って飛び出し、大空を一直線に駆け抜けた。

 

 バーツやクレア達を乗せたトリアーエズが飛び立ったのは、ちょうどアンドリュー率いるMS隊がティターンズのMSと戦端を結んだ時だった。

「なんだ、戦闘機か?逃がさん!――お前達はMSを叩け!私はあの戦闘機を追う!」

 言うなり急旋回を掛けたギャプランの鼻先を、一筋のビーム砲が掠めた。

「自分から誘ったデートをすっぽかそうとは、少々マナーに欠けるのではないかな?」

 黒を基調としたカラーリングを施されたMSに乗ったアンドリューだった。そのデザインは何処となく旧ジオン公国のMSを連想させる。周りには数体のジムUが付き従ってティターンズのクゥエルと交戦している。どちらもこの時代では1線を退いた旧型機で、能力的には互角だが数で僅かにカラバのジムUが勝っていた。

「チッ、アレは確かリック・ディアスとか言ったか。1人だけ高性能機に乗ってエース気取りとはな。とは言え、数も違うし旧式のクゥエルだけでは相手にならぬか」

ジェシカはあっさりと機体の向きを変えた。ギャプランの加速性・機動性と、旧式の戦闘機のそれとを比較して、目前の敵を全て倒してからでも十分追いつけるという目算があったからである。

「良いだろう。貴様が戦士を名乗るに相応しいかどうか、――私とギャプランが確かめてやる!!」

 言うなりアンドリューのリック・ディアス向かって急降下を掛けた。

「そうこなくてはな。だが、正面からとは甘く見るにも程がある!」

正面から突っ込んで来るジェシカに向かってビームガンを連発するが、ジェシカは軽く機体を捻ると難なくそれをかわし、逆に両翼のメガ粒子砲を発射する。咄嗟に回避行動を取るアンドリューだったが、その攻撃は彼の機体の頭上をすり抜け、後ろにいたジムに命中した。

「何ッ!ハロルド!」

戦艦をも破壊する威力を持つビームの直撃を受け、ハロルドのジムが爆発四散する。

「貴様、私の相手をするのではなかったのか!?」

「してやるさ。お前の部下を全て倒せば、最後にはお前が残るだろう?」

 言いながら、更にもう1機ジムを破壊するジェシカ。続けて3機目と倒され、たちまち戦況が逆転した。

「どうした、もうお前の部下は1人になってしまったぞ?」

 この状況にジェシカの部下も勢いづき、ボロボロになっている機体を操って必死に攻撃を繰り出してくる。

「まだ終ったと思うなッ!」

 アンドリューの放った一撃が残ったクゥエルの1機にとどめを刺す。それと同時にビームピストルのエネルギーが切れた。更に最後の部下もギャプランの餌食となっていた。

「2対1か。しかも一方があの新型だとすると勝つのは難しいな。とは言え、むざむざ死ぬ訳にもいかん!!」

 言いながらエネルギーの切れた銃を捨て、背中からサーベルを引き抜いた。そして最後のクゥエルに向かって一気に走る。不意を突かれたクゥエルが体勢を立て直す前に、アンドリューがビームサーベルを振り下ろす。クゥエルは真っ二つになって倒れ、地面につく前に爆発した。

「これで1対1だ。改めて勝負と行こうではないか」

「勝負だと?戯言を……。旧式のクゥエルを数体倒しただけで私と対等の立場に立っているつもりなのか?地上を這いつくばっている虫けらの分際で!」

 再びギャプランの両翼が光を放った。バルカンで必死に応戦するアンドリューだが、頭上の敵に対して殆ど効果を上げられない。徐々にその機体を焼かれて、装甲は熔け、各所から火花を散らし始めた。しかし、それでも尚、倒れる事無く、半ば切れ掛けた腕でサーベルを構える。

「フン、見苦しいな。まだ諦めきれないと見える。ならば、私がさっさと引導を渡してくれよう!」

 もはや相手に抵抗する術もないと見たジェシカは、目標に対して真正面に向かい、とどめの一撃を放つ。リック・ディアスの全身に光の柱が突き立った。

「まだ、勝負は分からんよ!――後は頼んだぞ」

 機体が爆発すると同時に、アンドリューはギャプランへと思い切りサーベルを投げつけていた。勢いで辛うじて繋がっていただけの腕が千切れ飛んだ。

「何ィッ!?」

 慌てて機体を捻るジェシカだったが、かわし切れずにスラスターの1つに突き刺さった。

「チッ、スラスターをやられては長くは飛べんか。やむを得ん、追跡は諦めて帰還する他ないな」

 たった今までMSだった残骸と、少し離れた所に落ちているその腕を眼下に見下ろしながら、ジェシカは忌々しげに呟くと自らの基地へと向かって機体を発進させた。

 

「ふぅー……、どうやら振り切ったようだな」

 バーツがシートに身体を沈めながら安堵の声を漏らす。

 レーダーに信じられないような加速で動く機影を発見した時は生きた心地がしなかったが、無事に逃げ切れたのは僥倖だった。

「きっとマスター達が引き付けてくれたんだと思うわ」

「ああ。追って来ねぇって事は墜としたか、かなりのダメージを与えたって事だろうな」

「でも、あんな奴と戦って、みんな大丈夫でしょうか?」

「大丈夫に決まってるじゃない!ミンミだってマスターの腕は知ってるでしょ?それに敵も新型だったけど、リック・ディアスだってそれに負けないくらいの高性能機なんだし」

「おうよッ!あの親父はちょっとやそっとじゃくたばらねぇぜ、きっとよ」

 ミンミの不安を打ち消すためにわざと楽観的予測を口にする2人だったが、すぐに言葉が続かなくなり、結局その後はウランバートルの基地に着くまで全く言葉を交わす事がなかった。

 

「ほぅ」

 ウランバートル基地の広い飛行場に降り立つと、バーツは軽く感嘆の声を漏らした。ここは古くから規模の大きい基地ながら、一年戦争時には運良く戦火を免れ、当時の設備がほぼ無傷で残っている稀有な場所であった。そのため使い勝手が良く、更に最新の技術を次々とつぎ込んで改良されていた。本来ならば連邦軍の最重要拠点の1つである。

「これだけの基地をよくも無傷で手に入れられたもんだぜ。どうやったってぇんだ?」

「ここのリーダーに会えば分かるわ」

「なんだ?オレの知ってる人間か?」

「多分ね。有名な人だから」

 その後、豪奢な応接室に通された3人を出迎えたのは、20代後半の美女だった。

「アンタは─―」

「ようこそ、ウランバートル基地へ、バーツ・ロバーツ中尉。実際にお会いするのは初めてですわね。私がここの責任者をしています、マリア・オーエンスです」

「なるほどねぇ。まさか今は亡きオーエンス准将閣下のご息女がお出迎えしてくれるとは思っていなかったぜ。が、確かオーエンス准将と言えば、元はユーラシア北東部を束ねる司令官だったな。言わばこの辺はアンタのお父上のお膝元ってわけだ。准将は死んでもその厳然たる影響力は残っているって事かい」

「もう!バーツさんたら。確かにここはオーエンス准将の指揮下にあったけど、ここの所員が付いて来ているのはマリア所長個人の指導力のせいなんだよ?」

「良いのよ、クレア。七光りと見られる事は慣れているから。それよりも悪い知らせがあります。貴方達が到着する少し前に入ったニュースなのだけど、ティターンズの治安維持部隊と交戦したレクスラー中尉のMSチームが全滅しました」

「マスター達が!?」

「チッ、予想はしていたがよ」

「僕達を逃がすために……」

 数秒の沈黙の後、マリアが口を開いた。

「確かに惜しい人を亡くしましたが、今は悲しんでいる暇はありません。私達カラバの行動は、既に次のステップに移っています」

「と、言うといよいよ実戦が?」

クレアの疑問にマリアが頷く。

「南ではジャブロー急襲を行なうエゥーゴのパイロットを支援するため、元ホワイトベース隊ハヤト・コバヤシ艦長指揮の下、ガルダ級『アウドムラ』が動き出しました。私達もこれより、北米大陸コロラド基地(ベース)へ向けて発進します」

「ハイ!」

「了解しました」

 真っ先にミンミが、そして間を空けずにクレアが同意した。

「バーツ中尉は?」

「ああ、異存はない。それよりちょいと気になったんだけどよ、今エゥーゴのパイロットがジャブローを攻撃するって言ったよな?」

「それが?」

「そいつは本当に成功するのかい?」

「どういう事ですか?」

「アンタも知っての通り、連邦軍のパイロットで腕利きの奴は殆どがティターンズに入っちまってる。中には連中を快く思わん奴もいるが、ティターンズが連邦の中核を成してる現状じゃあそいつ等だってエゥーゴの味方はしねぇだろう。となると、今のエゥーゴにそこまでの腕利きが居るとは思えねぇんだがな。一体、どんな奴が来るってぇんだ?」

「――正直、私もあまり詳しい報告は受けてはいないのですが、エゥーゴでも屈指の操縦技術を持つメンバーだそうです。特にクワトロ・バジーナ大尉はパイロットとしてのみならず、エゥーゴの中核をなす人物としてカラバでも知られています。」

「クワトロ?知らねぇ名だな」

「経歴はエゥーゴ内部でも不明の部分が多いそうです」

「オイオイ、マジかよ……」

「あと、カミーユ・ビダンと言う16〜17歳の少年も参加しているそうです。彼も卓越した――」

「ちょっと待て、ガキだと!?エゥーゴは正気か?第一他の連中だって得体の知れない奴等ばかりじゃねぇか。そんな奴等に肩入れするカラバもまともじゃねぇ。アンタ等本気でティターンズと戦う気があるのか?素人の巻き添え食らって無駄死にするのだけはご免だぜ」

 それを聞いたマリアは、呆れたように溜め息を吐いて話を続けた。

「この期に及んで駄々をこねる貴方の正気も疑うけれど、その心配はいらないわ。エゥーゴのブレックス将軍が信頼して送り込んだ人達です。いい加減な人選の筈はないでしょう。それに、これは未確認の報告ですが、そのカミーユ・ビダンはルナツー宙域での戦いで、かのライラ・ミラ・ライラを撃墜しているそうよ」

「なんだと!?あのライラをかッ!?おいおい、そいつは何かの間違いだぜ。あの女は新米のガキにやられるようなタマじゃあねぇぞ?」

「彼がニュータイプだとしたら?」

「ハッ、バカバカしい。そんなモノ─―」

「いない、とは言えない筈よ。貴方は見た事があるのでしょう?ア・バオア・クーで、あのガンダムを」

「……確かにありゃあ、普通の人間の動きじゃなかった。だがよ、あんな化け物がそうそう現れてたまるかよ」

「クレアが初めてMSを操縦したのは17歳の時です。ジオンのエース集団に攻撃されて、全滅を待つばかりだった私達の艦隊を救ったのが通信兵だった彼女よ」

「マジかよ……」

「凄いです、クレアさん!」

 しかしクレアにとって、二人の感嘆の声は褒め言葉ではなかった。

「ちょっと、待って下さい!アタシ、所長が言うようなニュータイプなんかじゃありません!」

 マリアは思わず口を挟んだクレアに目を向け、諭すように言った。

「あの日見た戦い……あれはしようと思って出来るものではなかった。いくら機体が高性能だったとしても、初めてMSに乗った素人が、カメラを潰された状態でエースパイロット相手に互角の戦いをするなんて─―あの時私は確信したのよ。きっと貴女にはニュータイプとしての才能があるって」

「そんな……アタシ、嬉しくありません!」

「貴女は自分がそういう特別な存在である事を否定したがるけれど、これは重要な事なのよ。あのアムロ・レイのお蔭で、ニュータイプは既に伝説的なものとなっているのよ。それもその存在が確認されているね。だからニュータイプが自軍にいると言うだけで、敵は恐れをなすし、味方の士気は高まるのよ」

「でも!それじゃあニュータイプって、まるで戦争の道具じゃないですか!所長は私をそんな風にしか見ていなかったんですか!?」

 自分を兵器であるかの様に話すマリアの物言いに、クレアは信じられないと言う風に目を丸くした。付き合いの長い相手だけに、余計に悲しみが募る。

「ご免なさい、言葉が過ぎたわ。私は貴女の事は大切な友人だと思っている。でもね、クレア。私は指揮官でもあるのよ。もし、貴女がニュータイプであると言う事で味方の士気が上がるなら、私はそれを遠慮なく利用させてもらうわ。だって、そうする事で仲間を失う確率が減るのだもの。だから、お願い。認めろとは言わないけれど、少なくともみんなの前では貴女にニュータイプでいて欲しいの。みんなを力づける存在でいて欲しいのよ」

 まっすぐ自分を見つめるマリアの目を見返して、クレアの瞳が一瞬ゆらりと揺れたが、やがて諦めたように息を吐いて頷いた。

「分かりました。みんなが、私がニュータイプだって言う方が心強いって言うならそう振舞います。それにどうせティターンズと戦うんなら、自分でもそう思い込んでおけばいざと言う時空元気くらいは出そうだし」

 言って普段の彼女らしくニカッと笑う。

「ありがとう」

マリアもホッとして笑みを浮かべた。

「ところで所長さんよ、オレ達の足はどうなっているんだ?まさかガルダ級みてぇなデカ物を2機も持っちゃあいねぇだろ?」

「そうでしたね。皆さん、私の後について来て下さい」

 そう言うとマリアは、さっさと部屋を後にした。慌てて3人が後を追う。長い通路をひたすら歩き続ける。30分ほども歩いただろうか、ようやく大きな両開きのドアの前に辿り着いた。

「クレアとミンミもこの中は初めてだったわね」

 言いながらマリアが、オートロックの解除コードを入力していく。数秒の後、プシューッという油圧式の音をさせて分厚い特殊合金の扉が両側にスライドする。

 中は巨大な格納庫だった。幾体ものMSが来るべき実践に備えて整備を受け、何隻もの空母や輸送機・陸上戦艦などがじっとその出番を待ち構えている。

 その中に一際目を引く、白い艦(ふね)が在った。

「わぁ!!」

 ミンミが歓声をあげ、真っ先に駆け寄っていく。バーツやクレアも近づき、それぞれに感嘆の声を漏らして、翼を広げた白い天馬のようなその姿に見入った。最後にマリアがゆっくりと見上げ、高らかに言った。

「それが今の私達の、最強の力、ペガサス級最新鋭艦『アンヴァル』です!」

 

 

 





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