秋祭り



激しい暑熱が過ぎ去り、しかし残暑が夏の名残を惜しむかのように街をあまねく覆っていた、ある晴れた日の午後。

「ねえねえ、秋祭りに行かない?」

いつもの5人がいつものように屋上で昼食を食べ終わった直後、桜井小蒔が突然言い出した。

「今度の日曜でしょ、確か。みんなで行こうよッ」

目を輝かせる小蒔に、その隣で弁当(小蒔手作り)を米粒一つ残さずたいらげた緋勇龍麻が問う。

「秋祭りって?」
「ああ、ひーちゃんは知らねえんだな」

小蒔に代わって、こちらはコンビニの弁当&パン&おにぎりの昼食を済ませた蓬莱寺京一が答える。

「ほら、夏に花園神社で縁日があったろ。あれとは別に、近くの神社で行われる祭りだよ。規模も大きいし、縁日もにぎやかだから結構楽しいぜ」
「へぇ…………」
「確か、今年は花火も上がると聞いたな」

購買で焼きそばパンをはじめとしてさまざまなものをゲットしてきた醍醐雄矢の言葉に、小蒔が反応する。

「エッ!? それホント、醍醐クン!?」
「ああ、祭の実行管理員をやっている人が、親父の旧友でな。昨日聞いたばかりだが、決定事項らしい」
「花火かァ……ね、行こうよ! 葵もいいでしょ?」
「ええ、私もマリィと一緒に行くつもりだったから」

義妹の名を挙げて、美里葵がふわりと微笑む。

「そうだな、どうせ俺は行くつもりだったし。醍醐とひーちゃんも行くだろ?」
「ああ、その日は何も予定はないから、俺は行けるぞ」
「僕も行けるよ」
「じゃあ、決まりッ!」
「あーら、アタシには声かけてくれないのかしら?」
「あ、アン子」
「ゲッ、アン子!」

突然かけられた声に、龍麻と京一が好対照な反応を示す。
カメラ片手に不敵な笑みを浮かべているのは、新聞部部長遠野杏子 ――― 通称アン子その人だった。

「アン子も行ける? 日曜だけど……」

気を遣うでもなくアン子にそう声をかける小蒔に、京一の側頭部に体重の乗ったミドルキックをお見舞いしたアン子が答える。

「うん、行けるわよ。と言うか元々行くつもりだったのよね」
「アン子ちゃん、スクープを狙っているんじゃないの?」
「さっすが美里ちゃん! って、まあそれも有るけどさ、アタシも純粋にお祭りを楽しみたい、って言う気持ちも有るわよ?」
「ウフフッ、分かってるわ」

かしましく話す女性三人の傍らで、龍麻と醍醐に介抱されている京一は

「…………水色…………」

と、女性ファンが確実に減る呟きを無意識の内にもらしていた。





「遅ぇな、アイツら……」
「着付けに時間がかかってるんじゃあないか?」

ぶちぶちと文句を言う京一を、醍醐がなだめる。

「それに、まだ祭は始まってないんだろ? 焦らなくても大丈夫だよ」

龍麻も醍醐と同様に京一をなだめる。
醍醐も龍麻も、待つのを苦にしない性格だ。醍醐は常に泰然自若としているし、龍麻は人を待っている時間そのものが楽しいらしい。反対に人を待たせるのを極端に嫌う。だからなのか、待ち合わせると龍麻はいつも最初に来ている。
一人ブツブツと文句を言う京一は、学校にこそ遅刻はするものの遊びに行くとなればこれまた早くに来ている。彼の集中力の偏りをうかがわせる部分だ。

「ッてもよォ。浴衣を着るのって、ンなに時間かかるモンかァ?」

先の醍醐や今の京一の言葉通り、女性陣三人は浴衣で来るらしい。
葵が言い始めたのだが、小蒔やアン子もちょうど新しく買った浴衣にまだ袖を通していないということなので、一旦葵の家に集まって揃って着付けてから集合、ということになったのだが。

「さあな。俺は浴衣の類は着たことが無いから、なんとも分からんが」
「僕は良く着たけど……おばさんが和服好きな人でさ」
「へえ? つーか、ひーちゃんよりもタイショーの方が着てそうだと思ったけどな。着流しとか似合いそうじゃねえ?」
「そうか?」
「うん、似合いそうだよ、そういうの」
「似合いそうだけどよ、ピンとはこねえな。いつもガクランだし……」
「何を言う、学生として当然だろう」
「だからって祭の時にまで来てくるなよッ」
「確かに、ここまで着て来ることはないと思うけど」

京一の突っ込みに、龍麻が苦笑して応じる。
ちなみにガクランで来ているのは醍醐のみで、京一はTシャツにジーンズ、龍麻は半袖のシャツに黒いスラックスとどちらもラフな格好だ。京一の手に袋に入った木刀が握られているのは言うまでもない。

「みんな、お待たせッ!」

元気な声が三人に届く。

「遅くなってごめんなさい」
「Hi! コンバンハッ!」
「大分待った?」

小蒔、葵、マリィ、アン子の四人がようやく待ち合わせの場所に現れた。
小蒔は朱を基調とした、艶やかな柄の浴衣だ。明るい色の小蒔の髪に良く似合っている。さまざまな大きさの花が全体に散っているのも、彼女の纏う活発な雰囲気にマッチしている。
葵の浴衣はそれとは対照的に蒼を基調とした、清楚で落ち着いたデザインだ。裾に一輪だけあしらえられた白百合の花が、ともすれば暗い印象を与える浴衣全体のデザインを華やかな物にしている。
マリィは葵とお揃いの、蒼い浴衣。マリィのイメージカラーと言えば赤を連想していた龍麻達には少々意外であったが、これが似合っている。純血の白人であるマリィの白皙の肌が引き立てられている。
アン子の浴衣は淡い緑色を使った、シンプルなデザインだ。アン子らしいと言えばらしい。が、浴衣そのものよりも、男性陣が驚いたのはアン子の顔だった。

「アン子……それ……」
「何よ京一、人の顔じろじろ見て」
「いや、だってお前、眼鏡は?」
「ああ、浴衣に眼鏡もないだろう、って、コンタクトにしたのよ」

当人の言う通り、アン子は眼鏡をかけていない。
別に、眼鏡を外した顔を見るのはこれが初めてではないが……腰まで届く黒髪を結い上げてアップにしているせいもあってか、普段とはかなり雰囲気が違う。

「へ、へぇ…………」
「ね、ひーちゃん、似合う?」
「うん、凄く可愛いよ小蒔」
「やン、もう!」
「ネエネエ、龍麻オ兄チャン、マリィは?」
「うん、マリィも可愛いよ」
「エヘヘ、Thanks!」

二の句が継げない京一の横で、龍麻と小蒔がいちゃつき、それにマリィが加わっているが、それはまあいつものことなので誰も突っ込まない。

「さて、揃ったことだしそろそろ行くか?」

醍醐の言葉を合図に、一同は祭へと向かい始めた。





「うわぁ……」

龍麻が思わず呆けた声を出すのも無理はない。
祭の賑わいは上々で、人の波がうねっているようにしか見えない。

「凄い人出だね」
「ああ、つーか今年はいつもよりスゲェな。やっぱ花火のせいかね?」
「だろうな。隅田の花火大会ほどではないものの、かなり大掛かりな物だと聞くし」
「へえ……」
「あッ! リンゴ飴食べよッ!」
「ッて速いなおい!」

京一と醍醐が祭に感心している龍麻に解説をしている間にも、小蒔が女性3人を連れて露店の方に行ってしまう。

「はは、僕等も行こ。はぐれたら大変だし」
「そうだな。まあ、ぶらぶらと周るとするか」
「……そう言えば……」
「どうした、ひーちゃん?」
「いや、他に来ている人はいないかな、って」
「そうだなあ、ま、祭好きな奴なら来ててもおかしくねえんじゃねえの?」
「祭好き…………」

そのフレーズから、龍麻の脳裏に数人の顔が浮かぶ。
正確には、祭好きと言うよりも祭に付随してくる大勢の人間に知らしめるのが好きな人々と言うべきか。

「……ま、まあ、問題を起こさなければ良いか……それ以前に会わなければいいんだし……」
「? どうした龍麻?」
「まだ僕は、緑色の服を着る決意がついていないってこと」
「? ? ?」
「ほら、行こう!」

合点の行かない顔の醍醐と京一を促して、龍麻は小蒔達の後を追った。





「あ、金魚すくいだ!」
「こういう定番って、いつまでも消えない物よね」
「アオイオ姉チャン、これはナニ?」
「これはね、金魚を捕まえるゲームよ」
「それそれそれそれ!」
「こういうノスタルジックな絵も、欲しいわよね……」
「にゃー!」
「アッ、メフィスト、ダメだヨ!」

嬉々としてすくい始め、瞬く間に10匹単位で乱獲する小蒔、巾着からデジカメを取り出して露店を写しまくるアン子、急に野生の本能に目覚めて金魚を狙うメフィスト。
龍麻らが追いついた時には、既にその場は修羅場となっていた。

「……何してんだ、コイツら……」
「楽しそうだねえ」
「ひーちゃん、そうじゃねえだろ」

屋台の親父さんに平謝りする醍醐の横で、龍麻と京一はくだらないことを話していた。





「ネ、龍麻オ兄チャン。アレはナニ?」

マリィにくいくいと服を引かれて、その指が指し示す先には宝釣りがあった。

「ああ、アレはね、あの紐を引いて、その先にある景品がもらえるって言う、一種のくじ引きだよ」
「宝釣りかぁ、まだあったんだね。ね、マリィちゃん、やってみようか?」
「ウン!」

小蒔の誘いに、マリィが元気良く返事をして屋台の方へと向かう。

「牽制か……小蒔め、なかなかやるじゃねえか」
「今のはむしろ計算してと言うよりも本能的ね」
「ひーちゃんを狙う相手はマリィだろうと見逃さない、か。流石は弓の使い手、狩人としての本能を持ち合わせてやがる」

などと勝手なことをこそこそと話している京一とアン子を放っておいて、一行は宝釣りの屋台へと移動した。





「ア〜ン、それじゃないのにッ」
「なかなか、良い景品は釣れないね」
「どう、良いのは当たった?」
「あ、オ兄チャン」
「ぜ〜んぜん駄目。1回¥300だから、あんまり出来ないし……」
「¥300!? 高くなったんだね……昔は¥100だったよね?」
「たこ焼も値上がりしてるしね。あ、そうだ、ひーちゃんやって見てよ」
「え、僕が?」
「けど、ひーちゃんはくじ運なさそうだぜ?」

いつのまにか来ていた京一が言う。

「うん、自分でもそう思うよ。こういうのは村雨か……美里にやってもらおうか」
「私?」
「あ、そうか、なんたって菩薩眼だしなッ。ちょちょいと透視でもして……」
「やだ、京一君ったら。私、そんなこと出来ないわよ」

そう苦笑しつつも、葵が屋台のおっちゃんに¥300を手渡し、紐を手に取る。

「マリィはどれが欲しいの?」
「アレ!」

無邪気にマリィが指差したのは、今年の夏ゲーム企業が合同で出した超弩級ゲーム機『ドリームステーションドルフィン2』だった。

「…………」

葵の穏やかな微笑みが消え、無表情になる。
小蒔は知っている、あれは葵が本当に真剣になった時の顔だ。

「葵が本気になってる……」
「え?」
「これッ!」

小さいが鋭い声と共に、葵が一本の紐を引く。

「「おおおッ!?」」

京一と龍麻の声がハモる。
葵の手の動きに連動して、ぶら下がっていた景品の中から見事に『ドリームステーションドルフィン2』が引っ張り上げられる。

「馬鹿な!? そいつは紐につながっていないはず……!」

親父さんが思わず呟いてしまうが、葵は聖女の微笑みですっと手を差し出す。

「早く下さいな」
「ヤッタネ、アオイオ姉チャン!」

マリィが飛び跳ねて喜ぶ。

「流石は菩薩眼……」
「何であんなこと出来るんだ……」

龍麻と京一が囁きあう前で、親父さんが半分泣きながら『ドリーム(略)』を葵に手渡していた。





「ん、そろそろ花火が始まる時間だな。移動するか」

醍醐がそう言ったのは、輪投げと射的とヨーヨーすくいとビンゴゲームと的当てとくじ引きと亀すくいを葵が菩薩眼全開で荒らしてからだった。

「そうだね。って、うわ!?」

それに答えた龍麻が声を上げる。
周囲の人々も同じことを考えていたのか、それまである程度バラバラだった人の流れのベクトルが一つの方向に流れ始めた。
ただし、方向が同じでも速さと強さも同一とは限らない。

「これは、はぐれかねねえな……って言ってる側から小蒔がいねえ!?」
「小蒔!」

京一の言葉が終わるより早く、龍麻が人の波をかき分けて進んでいく。

「おいひーちゃん! 下手に動くとドツボだって!」
「だが、止まっている訳にも行くまい。とりあえず、俺達も動こう」

もっともだ。
今ここで5人が立ち止まっているのは邪魔以外の何者でもないし、それにこのままでは花火が見られない。

「万一の為に、はぐれてしまったら集まる場所を決めて置こう」

そう言って、醍醐は最寄りの公園を指定した。

「龍麻と桜井にも伝えておけば良かったんだが……」
「大丈夫じゃない、あの2人なら。ひーちゃんなら桜井ちゃんのことは絶対に見つけ出すだろうし、見つければ心配ないでしょ」
「それもそうだな。んじゃ、花火を見に行くかね」

が、彼らはこの人込みをなめていた。
そのことを、動き出してほんの数分で思い知らされることとなる。

「があー! なんでまたはぐれるんだよッ!」
「あっちの3人、一緒だと良いけど……」

京一とアン子は、人の流れからちょっと離れて愚痴ていた。
ものの見事に、醍醐たちと離れてしまったのだ。
小さいマリィがはぐれないようにと、葵がしっかりと手を繋いで醍醐がその身体で人の流れをある程度止めていたのだが、逆にそれが京一とアン子から引き離されることとなってしまった。

「つーかなんなんだよ、この人込みは……どっから湧いて出てきてるんだか」
「アタシ達もその湧いて出た一部だけどね」
「そんなに花火に餓えてるのかね」
「だからアタシ達もその一部だってば」
「ハァ…………なんでまあ、よりによってアン子と2人かね」
「その言葉、そのままお返しするわよ」
「…………」
「…………」
「……やめだ、今はまず醍醐たちと合流するぜ」
「珍しく意見が合ったわね。行きましょうか」

再び歩き出す2人。

「ぐぉ……おい、アン子! ちゃんと着いてこいよ!」
「無理言わないでよ! こちとら文科系なんだからね、頭の中まで筋肉のアンタ達と一緒に……キャッ!」
「おい!?」

アン子が上げた悲鳴に、京一が慌てて流れに逆行して近くに戻る。

「どうした?」
「あ、何でもない……肩ぶつかっただけ」
「トロトロしてるからだよ、ッたく」
「仕方ないでしょッ! あッ……!」
「ど、どした!?」
「ん……コンタクト、ずれた……いった〜い……」
「ハードレンズなのか? 早く直せよ」
「無理よ、こんなところじゃ!」
「ちッ……仕方ねえなあ」
「えっ、ちょっと!?」

どくん!

アン子が狼狽する。
京一が、強引に手を取ったからだ。

「京一、ちょっと、なによ!?」
「何もクソも、手、引っ張らないと危ないだろうが。目、開かないんだろ?」
「え、う、うん、そりゃ、まあ、痛いし……」
「片目じゃ危ねえし、ここではぐれたら大馬鹿だからな。ほら、行くぞ!」
「あ…………!」

――― 京一の手って、意外とでかいんだ……

涙でにじむ視界の先にかすかに見える京一の背中を見ながら、アン子はそんなことを考えた。
掴まれた掌は無数のマメに覆われており、彼が表面通りのおちゃらけ剣士ではないことが分かる。

――― きちんと、練習してんじゃないのよ。

人の波が密度を増した。
自然、先を行く京一の歩みも緩やかになる。
足が止まると、どうしても手を意識してしまう。

どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき。

――― な……なんで心臓がバクバクしてるのよ。

頬が熱くなる。
京一は手を繋いでから一度もこちらを振り返らないので、おそらくは赤くなっているであろう顔を見られないのが救いだが。
突然、ぐい、と手を引かれた。

――― えっ!?

京一の背中に顔をぶつけそうになる。

「狭いから、もっとくっついとけよ」

すぐ近くから届いたはずのその声が、やけに遠く聞こえる。

どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき

だめだ、こんな近くで、しかも手を繋いでいたら心音が聞こえてしまう。

どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき

なんでこんなに胸が高鳴るのか。なんでこんなに緊張するのか。

どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき

でも……ヤな感じはしない。

「お。アン子、あっちにちょっとスペースあるから、そこに行くぞ。右だ」
「……えッ、あ、右ね」





「あ〜〜…………痛かった……」

全銘柄が売りきれているたばこの自販機の前のスペースと明かりを利用してどうにかコンタクトを直してアン子が呟く。

「直ったか?」

なんとなく、居心地が悪そうに京一が尋ねる。

「あーら珍しい、あんたがアタシを気遣うなんて」

頭一つ高い京一を見上げるように、アン子が皮肉な視線を送る。

「てめ、人がせっかく……」

言い返そうとした時、アン子の潤んだ瞳と視線がぶつかった。
コンタクトがずれたせいで涙腺が緩んでいただけだろうが、たばこの自販機に照らされたその瞳に、京一は一瞬引き込まれた。

「……な、何よ、人の顔見つめて……」
「べ、べっつに見つめてなんかいるかよ」
「あらそうですか」
「……行くか。醍醐たち、待ってるかもしれねえ」
「……そうね。桜井ちゃんたちも気になるしね」

どちらからともなく、手を差し出し合って、2人はまた手を繋いで人並みに呑まれていった。





打ち上げられる甲高い音が響く。
一瞬の間、煌く光、大輪の華が夜空に咲く。
それに遅れて身体に響く音。

「…………………………」

マリィは蒼い瞳をこぼれそうなほどに見開いて空を見上げている。
花火を初めて見る義妹の感動した様子を、葵は女神のような微笑みを浮かべて見つめている。
醍醐はその2人の後ろで腕を組み、穏やかな表情で空を見ている。
結局、京一たちと合流できぬままに花火の時間になってしまったので、約束の公園で花火見物となったのだ。
これが予想していなかったことになかなかの穴場で、周囲に人はいないし間近に見えるしで、マリィは大喜びだ。最初の内は一発上がるたびにはしゃいでいたが、今はただ感動の瞳を夜空に送っている。

「よッ、先に着いてたか」

3人に声をかけたのは、真神一の伊達男(自称)京一だった。

「ごめんねー、もう始まっちゃってるわね」

アン子もその傍らから3人に声をかける。

「ああ、京一と遠野は一緒だったか。心配したんだが、会えて良かった」

花火を見ながら醍醐が言う。
そのとたん、大玉が上がって夜空に刹那の美を放つ。

「おおー、スゲェな今の。たーまやー!ってか」
「タマヤってナニ、京一オ兄チャン?」

どうやら、2人が来ていたことに気づいてはいたらしいマリィが京一に尋ねる。

「知らね。ただ、花火が上がった時にはそう叫ぶのが粋らしいぜ」
「イキ?」
「んー、まあそうだな、お洒落っつうか、そんな感じだ」
「じゃあ、マリィも言うネ! ターマヤー!」

無邪気にはしゃぐマリィの様子に、一同が微笑みを誘われる。

「来年も、みんなで見たいネ」

ぽつりとそう言ったマリィの言葉を聞きながら、京一は花火を見上げていた。

――― みんなで、も良いけどな。2人で見るのも……悪くねえかもな。

不意に、マリィが京一に囁いた。

「……ねえ、京一オ兄チャン?」
「んー?」
「何で、アン子オ姉チャンと手を繋いでいるノ?」
「……へ? あ、いや、これはそのッ……」
「あ、え、えっと、マリィちゃん、これはね。京一が迷子にならないようにしてたのよ」
「ソウナノ?」
「そ、そそそう! そうなんだよ、ハハハ!」
「フーン。京一オ兄チャン、迷子さんなんだね」

にっこりと笑ってマリィが視線を空に向けると、京一とアン子の間で声の出ない口喧嘩が始まった。
秋の始まりの涼しい風が、5人の間を抜けていった。





☆蛇足★



「ひーちゃんと小蒔、どうしたんだろうな」
「何かあったんじゃなければ良いけど……」
「龍麻がついているからな。めったなことは……」
「ついている、訳じゃないけど……まあ、ひーちゃんなら見つけるでしょうね」
「う……ん……」
「にゃー」
「マリィ、寝ちまったな」
「ごめんなさい醍醐君、マリィ、重くない?」
「なに、このぐらい」

花火も終わり、引き上げようと一同が歩き始めた時。

「あ、みんなッ!」
「良かった、ここにいたんだ」

小蒔と龍麻がようやく合流した。

「ひーちゃん! 小蒔! 何処行ってたんだよ? 花火は見られたのか?」
「ああ、しっかり見たよ。凄かったね」
「だな。で、もう一個聞いて良いか?」
「なに?」

頭痛でも堪えるような表情で、京一が質問を続ける。

「……何でひーちゃん、小蒔おんぶしてるんだ?」
「うん、実はさっき、小蒔足挫いちゃってさ」
「えッ! 大丈夫なの、小蒔?」

葵が心配そうに小蒔に近づく。

「ウン、大丈夫だよ。ひーちゃんがおんぶしてくれてたから、花火も見られたし」
「この状態だから、みんなを探して歩き回れなかったんだ」
「まあ、大事無かったんならいいけどよ……何処で見てたんだ?」
「神社の裏手から見ていたんだ。人はいなかったし、良く見れたよ」
「神社の裏? 確か……薮になっていたと思ったが」
「うん、お陰で虫食いが酷くて。ね、小蒔」
「う、うん」
「???」

小蒔の一瞬の言葉の詰まりに、葵とアン子が奇妙な顔をしたが、龍麻の言葉でその疑問も流れてしまった。

「さて、それじゃ何処かで何か食べて帰ろうか。この時間だと、何処がやってるかな……」
「ファミレスならやってるんじゃない?」
「けど混んでるだろ? だったら、ちょっと足伸ばして……」
「え〜、またラーメン〜?」
「スー……スー……」
「にゃー」




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